10/27MON

PEOPLE

Uターンで拓く
「人と地域に寄り添うITのかたち」 

AIやDXが叫ばれるいま、ITの活用は企業や行政だけの話ではありません。地域の課題や子育ての現場など、暮らしのなかにこそ本当の可能性が眠っています。
東京でシステムエンジニアとして働いていた佐藤里麻さん(MUSASI D&T株式会社 代表取締役社長)は、第一子の出産を機に地元・仙台へUターン。震災を経て「仙台で暮らす人々のために、自分が何ができるか」を考え、町内会のデジタル化支援や学生向けITプログラムへの参画など、人に寄り添うITの形を模索してきました。地域と人をつなぐ新しい仕組みづくりへの思いと、これからの展望について、佐藤さんに話を聞きました。

東京でSEとして起業し、その後仙台へ

  • SENDAI INC.:MUSASI D&Tの事業内容について教えてください。

  • 佐藤さん:もともとは東京・六本木で2005年に起業して、 大規模な金融系メインフレームのシステム設計をしていました。

  • SENDAI INC.:その後、地元である仙台に拠点を移されたのですね。

  • 佐藤さん:はい。長男の妊娠を機に仙台の病院とご縁ができたことが、大きなきっかけでした。メインフレームの仕事は開発センターに常駐して行う必要があり、仙台へは持ち帰れない仕事でした。そこで改めて「仙台で自分たちが何をすべきか」を考え、2019年に本店を仙台へ移して、IT事業をゼロから再構築することにしました。

  • SENDAI INC.:現在はどんな分野に取り組まれているのでしょう?

  • 佐藤さん:大きく二本柱です。町内会DXなどの地域に根ざしたIT事業と、保育園や親子スペースを運営する子育て支援事業を展開しています。

市内25の町内会でデジタル化を推進

  • SENDAI INC.:現在のIT事業の一つとして、町内会のデジタル化支援に力を入れていると伺いました。具体的にどんなことをされているのでしょうか?

  • 佐藤さん:仙台市の「町内会デジタル化推進事業」に、事務局とアドバイザーとして関わっています。昨年度は25の町内会が採択され、弊社ではそのうち18団体を担当。各団体を5回ずつ訪問しました。今までアドバイザーとして年間100回以上、現場に足を運んでいます。」

  • SENDAI INC.:実際に導入された例を教えていただけますか?

  • 佐藤さん:例えば、集会所の予約は平日の午前中に直接出向かないとできなかったのですが、オンライン予約を導入しどこからでも予約できるようにしました。

  • SENDAI INC.:働く世代など、幅広い年代が使いやすくなりますね。

  • 佐藤さん:はい。空き状況が可視化されて、利用しやすくなったと好評です。ほかにも、紙の名簿や資料をデータ化して管理を楽にしたり、町内会専用のLINE公式アカウントを立ち上げて連絡をスムーズにしたりしています。

  • SENDAI INC.:LINEとの相性はよさそうです。

  • 佐藤さん:そうですね。複数の町内会で導入しています。私自身も町内会の区長をしているのですが、役員会の招集が前日にポストに投函されることがよくあります。仕事をしているとポストを確認するのが夜になるので、対応が難しいこともありますよね。そうした実体験も踏まえて、一緒に仕組みをつくっていくイメージです。

  • SENDAI INC.:一方で、デジタルに抵抗感を持つ方もいるのではないでしょうか。

  • 佐藤さん:やはり「デジタルは難しい」と身構える方は多いです。でも私たちが目指しているのは、高度な技術を押しつけることではありません。アナログを無理に置き換えるのでもなく、今のやりかたに少しITを足すだけも良い。そうすることで若い人も関わりやすくなるんです。まずはそのイメージを丁寧に共有し、ご理解いただけるように進めています。

学生向け「せんだいAI部」にも尽力

  • SENDAI INC.:せんだいAI部(旧みやぎAI部)について教えていただけますか。

  • 佐藤さん:高校生や高専生向けにAIやデータサイエンスを学べる「部活動」のようなプログラムです。基礎講座や実践演習、地域課題をテーマにした「AI探求コース」など、いくつかのコースがあります。

  • SENDAI INC.:MUSASI D&Tはどう関わっているのでしょうか。

  • 佐藤さん:主催は仙台市で、企画・運営はみやぎAI部の立ち上げにも関わった竹川さんが代表を務める株式会社zero to oneが担っています。私たちはパートナーとして参画し、さまざまなAIに関する学びをサポートしています。

  • SENDAI INC.:若い世代はどのようにAIを活用していくと考えていますか。

  • 佐藤さん:AIはあくまで手段の一つですから、自分たちが「どんな未来をつくりたいか」が大事だと思います。困っていることの解決のため、また、生活の質や仕事の効率をあげるために、AIを活用できると良いですね。

  • SENDAI INC.:一方で、AIに対して不安や怖さを感じる人もいます。

  • 佐藤さん:自分がやりたいことは、自分の中にしかありません。でもAIの力を借りれば、その思いを形にしやすくなる。怖がるのではなく、便利なツールとしてうまく活用してほしいと思います。

 
せんだいAI部へ取材した記事も、ぜひご覧ください。
▼失敗も学びに変える!若者たちが挑むAIの世界「みやぎAI部」の取り組みを取材してみた
https://sendai-inc.com/people/miyagi-ai-bu/

「仙台×IT」はとても面白い!

  • SENDAI INC.:仙台でIT事業を展開する面白さや可能性について、率直にどう感じていますか?

  • 佐藤さん:とても面白いです! 震災の影響もあるのか、「自分たちで何かできないか」と考える人が多いと感じます。そこにデジタルが加わると、よい循環が生まれやすいんです。課題とデジタルが出会うと、大きなインパクトにつながります。仙台はまさにそういう場所だと思います。

  • SENDAI INC.:課題とデジタルが出会う、とても印象的な言葉ですね。そう思われる具体的な例はありますか?

  • 佐藤さん:地域の非営利団体の役員をしているのですが、その業務改善が一つの例です。紙でのやりとりや頻繁な集まりに時間を取られていたのが、少しデジタルを取り入れるだけで効率化できて、ユーザーの負担がぐっと軽くなりました。

  • SENDAI INC.:ここでもご自身の経験とリンクさせているんですね。では、仙台市としての姿勢はどう感じますか。

  • 佐藤さん:仙台市さんは本当に熱心です。仙台だけでなく東北全体をよくしようという視点があって、とてもリスペクトしています。社会課題を解決したいと声を上げる人や、そこにデジタルを掛け合わせようとする人、いろいろな人がいる。そのハブとして自治体がつなぎ役を果たしていて、「一緒に地域をよくしていこう」という気概を感じます。

仙台の魅力は大学連携のしやすさ

  • SENDAI INC.:いまだに「ITやデジタルは東京のほうが進んでいる」というイメージを持つ人もいます。

  • 佐藤さん:確かに、東京から仙台に戻ってきたとき、なんとなく「情報は少し遅いかな」という感覚はありました。ただ、具体的に何がというより漠然としたものです。けれど、東京も実際は一部の人が先端を走っているだけなんじゃないかなって。母数が違うから東京のほうが人数は多いように見えるけど、割合で見れば仙台もそう変わらないと思います。

  • SENDAI INC.:なるほど。では、東京と仙台で大きく違う点は?

  • 佐藤さん:やはり自治体との距離が近いことと、大学との連携のチャンスがあることですね。今、東北大学の客員研究員をしていますが、量子アニーリングを使って子育ての課題解決に取り組んでいます。仙台の大学は地域に開かれていて、私たちのような小さな会社とも一緒に考えてくれる。このハードルの低さは仙台ならではだと思います。

  • SENDAI INC.:今後、「仙台だからこそ挑戦したい」と考えていることはありますか?

  • 佐藤さん:ITを学んだ地方の女性たちが、通える範囲にIT企業がなくて、せっかくのスキルを生かせないことが多いんです。リモートで働くにも実績がないとマッチングできない。そこでうちのプロジェクトに入ってもらって、実績をつくる活動を始めました。こうしたニアショア(=開発業務の部分的もしくは全部を、比較的近い距離の場所にある企業に外注すること。海外にある企業などへ外注する「オフショア」と比べて、近距離での外注なので「ニアショア」と呼ばれる)を、もっと広げていきたいと思っています。

震災を機に「地域と関わりたい」とUターン決意

  • SENDAI INC.:仙台にUターンされた経緯を教えてください。

  • 佐藤さん:最初はフリーランスとして東京で活動していて、仕事が軌道に乗ったので法人化しました。その後、長男を妊娠したのですが、重度の障がいがあることがわかったんです。出産を受け入れてくれる病院が仙台にあったことがきっかけで、東京と仙台の二拠点生活をするようになりました。

  • SENDAI INC.:では、出産の際に仙台に引っ越してきたのですか?

  • 佐藤さん:いえ、検査に行ったら「今日から入院してください」と言われてしまって、そのまま帰れなくなったんです。2009年に長男を出産してからも、しばらくは東京と仙台を行き来しながら仕事をしていました。

  • SENDAI INC.:仙台に移ろうと決意されたタイミングは?

  • 佐藤さん:お金のことを考えれば東京のほうがいい。だからずっと東京のオフィスは閉じず、逃げ道を残していました。考え方が変わったきっかけは震災です。長男が亡くなって、半年ほどベッドから起き上がれない時期がありました。それでも震災の日、慌てて外に逃げて、座り込んでいるおばあちゃんたちの手を取ったりしている自分がいて。「人のためなら動けるんだ」と気づいたんです。そこで初めて「地域の人たちと関わりながら、ここで生きていきたい」という思いが芽生えました。

  • SENDAI INC.:その思いが具体的な行動につながったのは?

  • 佐藤さん:二人目の妊娠や、社員の妊娠も重なって「保育園をつくろうか」という話になったんです。そこで企業主導型保育事業に挑戦することを決めました。それが仙台に腰を据える決定打ですね。

デジタルの力で「孤育て」を減らす

  • SENDAI INC.:子育て支援事業の具体的な内容を教えてください。

  • 佐藤さん:はい。2017年に企業主導型保育園「ベビープラス仙台」を開園したのを皮切りに、親子で利用できるコワーキングスペース「親子プラス仙台」や地域の子育て支援の拠点として「キッズプラス仙台」も展開。単に預ける場所ではなく、「孤立せずに子育てできる子どもと関われる場」をつくることを大切にしています。

 

「親子プラス仙台」内。遊ぶ子どもを見守り仕事ができるカウンターを備える

保育士や保健師などのスタッフがいるため、安心してお任せできる

  • SENDAI INC.:先端技術との組み合わせにも挑戦されていますよね。

  • 佐藤さん:仙台市の「先端テクノロジー・データ利活用ユースケース創出支援事業」では、量子アニーリングを活用した「子育てBUDDY+仙台」に取り組みました。子育て中の親御さんとシニアボランティアの相性を重視し、最適なマッチングを行う仕組みです。従来の子育て支援サービスが母親の仕事を代替するのに対して、こちらは親御さんの心の支えになることを重視しています。

「仙台は西麻布に似ている」

  • SENDAI INC.:東京で暮らしていた佐藤さんの目線から見て、仙台にはどんな魅力があると思いますか。

  • 佐藤さん:東京は刺激が多く、一時的な楽しさにあふれていました。でも仙台にはもっと本質的なよさがあります。自然が豊かで、必要なものもきちんとそろう。おいしい食べ物も多くて、とても贅沢なエリアだと思います。

  • SENDAI INC.:都市と自然のバランスが絶妙だと。

  • 佐藤さん:そうですね。定禅寺通りを歩いていると、西麻布の雰囲気に似ていると感じることがあります。洗練された街並みがありながら、自然もすぐそばにある。子育てのしやすさでも、東京とは比べものにならないと思います。

  • SENDAI INC.:逆に、課題を感じる部分はありますか?

  • 佐藤さん:大きな課題は感じません。ただ一つ願うのは、震災後に生まれた「課題を何とかしよう」という流れを、このまま風化させないでほしいということ。仙台は、人と人がつながり合えばもっとよくなる街だと思っています。

仙台に「来たらなんとかなる」

  • SENDAI INC.:最後に、UIJターンを考えている方へメッセージをお願いします。

  • 佐藤さん:迷っているなら来たほうがいいと思います。仙台は「来たらなんとかなる」街です。自分がやりたいことを声に出せば、受け止めてくれる人が必ずいます。課題や挑戦を抱える人と、それを支える人がつながれる環境がある。だからこそ、新しい一歩を踏み出す場所として仙台を選んでほしいですね。

PROFILE

MUSASI D&T株式会社

MUSASI D&T株式会社は、テクノロジーと情報デザインを軸に、社会と人の想いをつなぐ企業です。仙台を拠点に、システム開発・子育て支援を2本の柱として展開。企業主導型保育園の運営や地域のデジタル化支援など、「地域にデジタルのチカラで幸せ上手を増やし、感謝と感動あふれる世界を創る」ことを使命としています。社員一人ひとりが自分の“色”を磨き、互いを活かし合うことで、共感と信頼を生む未来をデザインします。

MUSASI D&T株式会社

Photo:SENDAI INC.編集部
Words:岩崎尚美