05/31WED

PEOPLE

広がる「まち-TECH」。
商店街実証実験で見えた
仙台市の未来

2022年10月、一番町四丁目商店街を対象に実証実験が行われました。これは、周辺でのイベント開催による人流と、商店街への経済波及効果をAIによって検証するもの。実験の目的と抽出された課題について、本実証実験の発起人である今野印刷株式会社の橋浦隆一さんと、そのサポートをされた株式会社ミヤックスの髙橋蔵人さんにお話を伺いまました。老舗印刷会社である今野印刷が、なぜこうしたDXに取り組むのか。地域のデジタル化から、仙台市の今後の展望を紐解きます。

今野印刷株式会社前の橋浦隆一さんと髙橋蔵人さん

左:橋浦隆一さん 右:髙橋蔵人さん

 

商店街に人流を計測するセンサーを設置

  • SENDAI INC.:2022年10月8日から9日の2日間、一番町四丁目商店街にて開催された「伊達アカ」イベントにて、実証実験を行ったと伺いました。どのような内容か、教えてください。

 

橋浦隆一さん

  • 橋浦さん:その期間中、商店街の6ヶ所にセンサーを配置するなどし、人流や入店客数を計測しました。要は、イベントによって人がどれほど商店街にやって来るか、集客に影響を及ぼすのかを調べたわけです。

  • SENDAI INC.:実験の発起人となったのが今野印刷だと伺っています。実験を行うことになった経緯は?

  • 橋浦さん:前段として、当社が仙台市の推進する「X-TECHイノベーションプロジェクト」に参加していたことが挙げられます。ここでミヤックスの髙橋さんと出会い、AIなどのデジタル技術を使って、業務改善や社会問題の解決をしていきたいという話をしました。

  • SENDAI INC.:そこで商店街を思いついた?

  • 橋浦さん:はい。当時は、まさにコロナ禍真っ只中という頃でした。商店街の人出は少なく、営業時間や換気対策など店が守るべきルールもコロコロ変わります。今後どうなるかもわからない大変な中で、ひと言で言えば商店街の火が消えそうな状況がそこにあったわけです。それを見て、仙台の企業としても一市民としても、何も感じずにはいられませんでした。

「データが活用できる」確かな手応え

左から髙橋蔵人さんと橋浦隆一さん

  • SENDAI INC.:そこから、どのように実験を進めていきましたか。

  • 橋浦さん:まず、デジタルの力で商店街のために何ができるかを考えました。いくつか方法はありましたが、我々は「イベント」だと。イベントを開催した時とそうでない時で、人の動きがどう変わるのか、その差をデータ化する。そうすると、曜日や時間帯によって人出がどう変わるのかだったり、イベントの種類によって集まる人の年齢層が変わるのかだったり、そういったことが見えてきます。

  • SENDAI INC.:データを活用すれば、どんな人がいつ頃商店街を訪れたかが可視化できる?

  • 橋浦さん:そうです。その予想がつけば、店の品揃えや客の引き込み方を変えることができます。売上を上げるための手が打てるんですよ。仙台市民向けと観光客向けの商品は違いますよね。若年層と高齢者層とでも、当然変わってきます。このように「来る人に合わせて店の対応を変える」ことができれば、商店街全体の売上は上がるはずです。でも、ここまでは机上の空論でしかない。ならそのエビデンスを取りにいきましょう、と。これが今回の実証実験の目的でした。

  • SENDAI INC.:結果はいかがでしたか?

  • 橋浦さん:平日に比べると土日の人流が伸びていたり、人流の増加に合わせて入店客数が増えていたり。また、イベント開催時は普段よりも県外からの集客ができていることなどがわかりました。結果自体は予想の範囲内です。まずは、人流データが取れることがはっきりとわかった。これが第一歩だと感じています。

実証実験開催地としての「仙台の良さ」

  • SENDAI INC.:机上の空論が、現実のものとなったわけですね。仙台で実証実験を行ってみて、どのような感想を持ちましたか?

 

髙橋蔵人さん

  • 髙橋さん:やはり100万人都市なので、単純に人が多くいる。これは大きいです。

  • 橋浦さん:統計的に処理するには、N数(サンプル数)が必要になりますからね。

  • 髙橋さん:そうです。最終的には経済効果を出すことが大事なので、N数が少ない場合はなかなか効果を出しにくいです。

  • SENDAI INC.:人が多ければ多いほど良い?

  • 橋浦さん:データ上はそうかもしれません。でも東京は人が多い分、匿名性の塊みたいなところがあります。でも仙台なら、ほどよく関係者同士の顔が見える。だから相互の連携が取りやすいといったメリットもあります。人の多さと周囲との連携のしやすさが両立できるのは、仙台の良いところでしょうね。

  • SENDAI INC.:今回の実証実験をもとに、今後の展望を教えてください。

  • 橋浦さん:もっとセンサー数を増やし、期間も長くして調査したいですね。長い期間に多くセンサーを置いて調べるほど、人流の「癖」が取りやすくなります。そうすれば、商店街としてはより細かな対策が打てるようになりますから。お店との協力関係も強めていき、相互に協力し合って進めていきたいです。

今回実証実験に参加したまちくる仙台さんにも参加してみて気がついたことなどお伺いしました。

  • SENDAI INC.:今回実証実験に参加してみたご感想。良かったこと、気付きなどあればお聞かせください。

  • まちくる仙台:マーケティングやデータ分析の知見があり、商店街の状況もわかっているメンバーだったので、目線合わせがしやすかったです。

    また、商店街の課題感を考慮しながら議論を重ね、商店街の通行数や属性の把握だけでなく、店舗での取り組み効果測定(ABテスト)までを一貫して調査できたことは、弊社単体では取り組めない事だったので、商店街の現状を数値や傾向が把握できたのは意義のあることでした。

  • SENDAI INC.:商店街として今後この実証実験に期待したいことはなんですか?

  • まちくる仙台:まちくる仙台は、仙台市中心部商店街活性化協議会の事務局運営や賑わい創出、来街環境整備などを行ってきました。
    この30年で仙台市中心部では人の流れが大きく変化してきている中で、商売は勘や経験に合わせてデジタル技術は必要不可欠になってきています。

    また、個店ではなく、まちをマーケティングしていくには人流調査をベースに施策を考えてチャレンジしていくことの重要性を感じています。
    このノウハウの蓄積が商店やまちの魅力向上に繋がっていく事を期待いたします。

20年以上前からデジタル化を推進してきた

橋浦隆一さん

  • SENDAI INC.:今野印刷は老舗の印刷会社で、いわゆる「IT企業」ではありませんよね。でも、DXに対して非常に熱心に取り組んでいる印象を受けます。

  • 橋浦さん:そうですね。私が社長に就任したのは2000年。Windows OSも登場し、今後一気にデジタル化の流れが進むだろうことは容易に予想できました。印刷会社だからといって、このまま紙の印刷だけやっていたらダメだろうとその頃から感じていたんです。だからすぐにWEB関連の部署を立ち上げ、動画コンテンツの配信などを行いました。当時はまだ、ガラケーの時代でしたけどね。

  • SENDAI INC.:2000年当時に動画ですか。かなり早いですね。

  • 橋浦さん:だからといって、「印刷がダメだ」とか「終わりだ」とかそういうことでもないですよ。プロモーションでもなんでも、「デジタルと紙どちらか片方で」よりも、両方でやった方がいいじゃないですか。「いい」というのは単なるノスタルジーの話ではなくて、マーケティング上、その方が効果がある、という話です。

    例えばコンバージョン率の比較でいえば、メルマガとダイレクトメールではダイレクトメールの方がかなり上です。そしてそのダイレクトメールを開くと、QRコードが載っている。それによって、紙からデジタルに誘導するわけですね。お客様がほしい情報を、いかに伝えるか。そこが重要なのであって、「紙がいい」「デジタルがいい」、ということではありません。

デジタル化によって業務改善、そして売上の向上

  • SENDAI INC.:ここ数年でDXが話題になっていますが、今野印刷ではそれよりずっと前からデジタル化を進めてきたわけですね。ところで先ほど、X-TECHイベントに参加された際に「AIを使って自社の業務改善をしたい」とお話をされていたと伺いました。どのような改善をされたのでしょう?

  • 橋浦さん:まず、RPA化を進めました。先ほどダイレクトメールの話をしましたよね。ダイレクトメールの元データはデータベースに格納されています。それを宛名に最適なフォーマットに変えるために、データベースからCSVファイルに変換したりする必要があります。これって、RPAにとっては得意中の得意分野。ここ2.3年はロボットがやってくれています。

 

橋浦隆一さん

  • SENDAI INC.:より効率的になったと。

  • 橋浦さん:それだけではありません。デジタル化の大きなメリットの1つが、「業務の見える化」が可能になる点です。例えば、1冊の冊子ができあがるまでの全工程の作業量について考えてみましょう。

    制作、印刷、製本、梱包、発送と、大まかに考えてもいくつかの工程に分かれていますね。この仕事を全部分解してみると、それぞれにかかる時間が割り出せる。そうすると、この仕事の人的コストがわかります。それに材料をプラスすれば原価がわかる。原価がわかれば、あとはこの仕事がどの程度儲かったのかも自ずとわかります。儲からない仕事をやらなければ、会社は必ず利益を出せるわけです。AIによる「業務の見える化」を進めることで、自社の利益が増大します。

価値提供できる人材を求めるように

髙橋蔵人さん

  • SENDAI INC.:まさにDXが目指すべき未来、ですね。自社のデジタル化がより進んだことで、雇用面での変化はありましたか?

  • 髙橋さん:デジタル化は直接関係ないですが、変化はありました。当社は遊具やオフィス家具を取り扱っているので、以前はとにかく「営業」を採用したい、とだけ考えていました。それが近年では、「価値提供できる人」を求めています。スキル、とくにITスキルについては、あまり期待していません。さまざまな業務に触れてこそ磨かれるものだと思いますから。

  • SENDAI INC.:雇用についての考え方が変化したきっかけは?

  • 髙橋さん:ビジネスをロジカルに整理してみると、価値とは、当社と取引することでお客様の売上が上がったり利益が増えることですよね。これを提案・提供できる会社としてより成長しなければと考えるようになりました。

  • 橋浦さん:考え方は特に変わっていません。ただ来てほしい人材という意味では、本質的な目的を見抜ける人がいいですね。「ITがやりたい」とか「紙がやりたい」ということにこだわりすぎず、「人を集めたい」「物を売りたい」という目的に対して、柔軟に手段を選べる人がいいですね。

ITという手段・武器を用いて、何を成すか

髙橋蔵人さんと橋浦隆一さん

  • SENDAI INC.:仙台でITの仕事をしたい人に向けて、メッセージをお願いします。

  • 橋浦さん:当社では印刷であれITであれ、最終的な目的を達成するためのツールとして使っているに過ぎません。だから、ITにこだわりすぎるより、お客様の目的を達成するために真面目に取り組めることが一番かなと思います。

    仕事って、最初に立てたプラン通りに進むことなんてまずないです。予想と違ったからといってやめたら、そこで失敗。でもやめずに食らいついた結果、思わぬ副産物で成功をおさめることも多いです。要は本質的なゴールを見極めて、そこに到達することが大切なので、レールをうまく敷くことだけに熱心にならないでほしいですね。

  • 髙橋さん:私も橋浦さんも事業家なので、事業家にとってITって手段でしかないんです。ITを目的化してしまうと、いずれはAIに代替されてしまうと思います。だからそうではなく、ITを自分の武器として、それを使ってどんな課題を解決できるのか。そういったことを考えられる柔軟性を持ってほしいです。

DX推進が叫ばれて久しい昨今。いわゆる「IT企業」と呼ばれる企業以外でも、デジタルの力を活用する企業はどんどん増えていくことが予想されます。
「ITスキルを駆使して働きたい」と考えると、どうしても真っ先に思い浮かぶのがIT企業です。しかしITは目標を達成するため、本質的な価値を提供するための手段と考えればどうでしょうか。仙台で、ITスキルを武器として働く道は、思っているよりずっと拓けていそうです。

 

Photo:SENDAI INC.編集部
Words:岩崎尚美

PROFILE

今野印刷株式会社は、仙台を地盤に115年続く老舗の印刷会社ですが、「変わらないのは変わり続ける姿勢」を行動指針とし、次々と新しい取り組みに挑戦しています。近年は、紙とデジタルの融合を図るべく社内のネット事業部を分離独立させ、「K-SOCKET」という子会社を設立いたしました。映像やWEB、システム、データベースを用いたマーケティングなど今野印刷グループの進化はこれからも続きます。

株式会社ミヤックスは、もうすぐ75周年を迎える宮城の会社です。主に3事業を展開しており、①公園・遊具を作る修景遊具環境事業 ②オフィスをプロデュースする・施設事業、③DIGITAL技術を活用した企業支援をする事業部の3つの事業部で構成しています。 どの事業部も固定概念とらわれず「どうあれば、さらなる喜びに繋げられるか」を突き詰め、お客様の課題に寄り添ったソリューションを提供しています。教育や、ワークショップの開催など、強みを活かした様々な手法を用いて、モノの納品だけではない、社会やお客様の抱える課題の解決を目指しています。