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唯一無二の存在を仙台のゲームシーンに。
「仙台ゲームコート 」が起こすゲーム革命

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IT都市として成長を続ける仙台市。その中でもいま、仙台市のゲーム制作会社が勢いを増しているそうです。規模はまだ小さいものの、全国でも誇れる高い技術力が揃い踏みなんだとか。

その潮流の中心で、次々と新しい取り組みに乗り出しているのが、新進気鋭の11社が集うゲーム制作会社のコミュニティ「仙台ゲームコート」。今回は、創設メンバー・株式会社インフィニットループの澤田周さんにお話を伺いました。

仙台のゲーム業界が抱える悩みや、仙台ゲームコートが目指すものなど、ゲーム業界を志す仙台市の学生さん、必見の内容です!

仙台市で作れるゲームの規模を大きく!大都市に並ぶゲーム都市に成長させるために。

  • SENDAI INC.:仙台ゲームコート(以下、SGC)では現在、大きく分けて2つの軸で活動をされているとお聞きしました。一つはSGC内で共同で行うゲーム制作。もう一つは、ゲーム業界を目指す学生さんの教育支援。なぜこの2軸が中心に?

  • 澤田さん:SGC発足の理由にも繋がるのですが、第一に東京、福岡、札幌、名古屋、大阪に並ぶ「ゲーム制作が強い都市」に仙台を押し上げていきたい、という思いがありました。

    仙台には、技術的には首都圏と同等に渡り合える強い会社がたくさんあるんです。ただ、規模が問題で。だからこそ、まず受注できる案件の規模を大きくして、実績を作っていかないといけない。

    そこでSGCが発足しました。SGC内での他会社と協力することができれば、作れるものの幅も広げることも可能なんです。


学生のうちから現場の温度感を。仙台市のゲーム会社から、即戦力になれる教育を提供したい


2019年11月2日、ゲームコート参加企業合同で会社説明会を開催

  • SENDAI INC.:もう一つ、「ゲーム業界を目指す学生さんの教育支援」ですが、これは仙台市のゲーム都市化にどう繋がってくるのでしょうか?

  • 澤田さん:やはり規模を拡大するためには、良い人材は必要だと感じています。ただ、多くの経験者、新卒ともに、首都圏へ行ってしまうのが現状です。仙台のゲーム制作会社の魅力がうまく伝わっていないのも原因ではありますが……。

    そこで、学生さんにもっと実践的な学びの場を提供してあげることが、現状打破につながると考えました。現場の温度感に触れてもらって、仙台でも全国で通用するスキルが身につくことなど、仙台のゲーム制作会社のリアルをもっと知ってもらうことを目的に活動しています。

    現状、GLS(グローバルラボ仙台)での活動がメインになっているのですが、SGCとしての活動も計画中です。また決定次第、お知らせしますね。


  • SENDAI INC.:現時点での具体的なゴールはどこですか?

  • 澤田さん:最初にお話ししたように「ゲーム制作に強い仙台」を実現して、パブリッシャーを呼べるところまで、頑張りたいですね。

    パブリッシャーって何かというと、まず、ゲーム会社には2種類あるんですね。ゲームを開発するデベロッパーと、ゲームの企画、宣伝、販売、流通などを扱うパブリッシャー。パブリッシャーは、例えばコナミさんやスクウェア・エニックスさんなどというとわかりやすいでしょうか。

    ゲームを開発する側と、企画や流通をする側。この2つの物理的距離が近ければ近いほど、よりゲーム制作はしやすいですし、それがクオリティに響いたりもします。ところが仙台市にはまだパブリッシャーがいないので、それが受注数にも影響します。

    福岡のように、パブリッシャーのいる都市へと成長できたら、より仙台市のゲームシーンが盛り上がると思っています。


「仙台にいてはスキルが身につかないから、首都圏へいかないと……」とお悩みの学生さん、まずは現場を見てからでも遅くありません。諦める前に一度、SGCやGLSへ相談をしてみるのも手です。新しい選択肢が見えてくるかもしれません。

プログラミングは手段。とにかく手を動かした少年時代

  • SENDAI INC.:澤田さんはもともと札幌のご出身だそうですが、外から見た仙台市の印象ってどうでしたか?

  • 澤田さん:そうですね。外からきた者としての意見ですが、仙台市はまだまだ、あらゆるポジションが空いているな、という印象です。なので、「やってやろう!」と立ち上がればすぐに目立てる、チャンスのある街です。

  • SENDAI INC.:たしかに、手を差し伸べてくれる人もたくさんいるので、機会に恵まれた環境かもしれませんね。澤田さんは、どのようにプログラミングを学んだのですか?

  • 澤田さん:僕の場合、学校で学ぶよりも先に手を動かしていたことが生きていますね。

    と言うのも小学生の頃、ファミコンでゲームを遊んでいた僕に、従兄弟がお古のパソコンをくれたんです。「これに文字列を打ち込めばゲームが作れるらしいよ」と教えてくれて。そこでコードを書いてみるけど、もちろん最初は打ち間違えて、動かない。

    「なんで動かないんだ?」と調べて、直してを繰り返していました。

  • SENDAI INC.:小学生にしてデバックをしていた、ということですか?

  • 澤田さん:当時は思っていなかったけど、そうなんですよね(笑)。そこから、中学生の時に入学祝いで父からパソコンを買ってもらい、そこでC言語を学び始めました。

「町の小さなパソコン屋さんにC言語を習う中学生でした。あの時受けた恩を学生さんに返していきたい」

  • SENDAI INC.:中学生の頃ですよね。どうやって勉強を……?

  • 澤田さん:周りに知っている大人はほとんどいなくて、街の小さなパソコンやさんに教えてもらっていました。当当時の小さなパソコン屋さんは、自分でソフトを開発して売っているところもあったんです。

    そのお店で大した買い物をしていたわけでもないのに、親切心でいろいろなことを教えてくれて。おかげさまで、大学1、2年で習う授業内容くらいは学ばせていただいたと思います。

    その時の経験があるからこそ、恩送りというか、今、次の世代の学生さんに返していけたらいいなと思っているんです。

  • SENDAI INC.:大学生の時に会社を設立されていますが、立ち上げのきっかけは何だったんですか?

  • 澤田さん: 当時はパソコン通信やインターネットが普及しだして、日本中の個々人が繋がり始めた時期でした。仲間と話をする手段として、当時はホームページにフリーで配布されている掲示板プログラムを設置したりしていたのですが、使っていくと「もっとこういうことが出来たらいいのに」という欲が出てきます。

    当然の流れとして、掲示板のプログラムを改造したりしていました。そんなことをしているうちに、当時の趣味仲間が面白いソフトを作ったので、これを世の中に広めていこう、と考えたのがきっかけです。

    そんな風に、僕にとってプログラミングは、やりたいことを形にしてくれるツールなんです。いつも、「作りたい」という目的の先にプログラミングがありました。

  • SENDAI INC.:目的がしっかりある、というのは強いですね。そこから15年間も、長年会社を続けてこられた秘訣はありますか?

  • 澤田さん:強いていうなら、いつでも選択肢を複数用意しておいたことは大きかったです。「もしこれがダメでも、あっちがあるから大丈夫」とか、保険をかけて、臨機応変に、柔軟に流れを読んで進んで行きました。

  • SENDAI INC.:ありがとうございます。いま、澤田さんが技術的な面で悩んでいる学生さんにアドバイスするなら、どんな言葉をかけますか?

  • 澤田さん:最初のうちは、量から質に転化するまでやるしか無いと思います。とにかく手を動かせ、に尽きます。

    プログラムも絵も、書くのにお金はかからない。パソコン一台あれば、メモ帳とブラウザでテトリスが作れちゃうわけです。といっても、言うのは簡単で、実際にやってみるのが大変なんですよね。

  • SENDAI INC.:量から質に転化した時、変化が訪れる、と。

  • 澤田さん:はい。学生のうちは、何度だって失敗していいんです。何も動けないよりも、動いて失敗すること。失敗しないことがリスクだし、失敗することが成功への一歩と言ってもいいくらい。

    地方の良いところは、規模が小さいからこそ、いろんなジャンルの人とごちゃ混ぜになれるところ。そのごちゃ混ぜの中、自分の専門性と相性のいい何かを見つけることができれば、今までにないスペシャリストが誕生するんです。

    例えば、プログラミングの専門家として一番を取るのは難しくても、そこにかけ算をすれば、唯一無二の存在として戦える。仙台市は、そんな可能性に満ちた都市なんです。


他地域からの視点を持ち合わせながら、仙台市を文化レベルから変えて行こうとする澤田さん。そこには、自身が受けた少年時代の恩送りを仙台の学生へ、という熱い想いがありました。

地域によるスキルの差が埋まる日は、もうすぐそこまで来ています。これからの仙台ゲームコートが紡ぐ、仙台市のゲームシーンから目が離せませんね。